認知症の症状といえば、一般的イメージが強いものの一つがこの「被害妄想」だと思います。
「物やお金が盗られた」「あの人が私の悪口を言っている」「夫(妻)が若い女と浮気している」等の訴えです。共通しているのはどれも自分が誰かから被害を受けたと訴えてくることです。
この症状が出てくると介助者が周囲から疑いの目を向けられたりして、それがストレスになり結果的に適切なケアができなくなってしまいます。今回はそんな被害妄想への対応方法について紹介します。
被害妄想が発生する原因
記憶障害
まず思いつく原因はこの記憶障害です。「財布がない。盗られた」と訴えたケースで、本人の頭の中でどのような思考が行われているのでしょうか。
Ⅰ:買い物などに行こうと思い、財布を探す
Ⅱ:財布を探すが、自分が思っていた場所に無く見つからない。(財布をしまった場所を忘れている)
Ⅲ:自分がしまった場所にないのだから、誰かが盗ったとしか考えられない
周囲から見れば「あなたがしまった場所を忘れているだけなのに、人が盗んだと訴えるなんてひどい」と思うかもしれません。しかし、認知症の人からすると自分が確かに保管していた場所に財布がない状況が発生していることになります。
皆さんも、普段自分が財布や通帳など大事な物を置く場所って決まっていますよね。そして、それが絶対に自分はいつもの場所に保管したはずなのにそれが無かったらどう思いますか?もし同居している家族がいたら「他の家族のものが、どこかに持っていったのでは・・・」と考えたりしませんか?これと同じ事が起きているということです。
周囲との関係の変化
記憶障害も被害妄想が起きる原因ですが、実はそれだけが原因ではありません。どちらかというと、この周囲との関係の変化のほうが影響が大きいです。
実は被害妄想が起きている人に共通していることがあります。それは
生活のなかで、自分の役割を失った
ということです。例えばですが
・「嫁に殺される」と訴える。
(昔は嫁に家事や子育て、近所付き合いの方法等教えていたのに、今は家の事は全て嫁が仕切っていて、自分には何もする事がない)
・家に来て家事をしているヘルパーに「あの人が私の家に来る度に調味料や食材が無くなっている。絶対に勝手に持って帰っているんだ」と訴える
(昔料理が得意で、家族や友人に度々料理を振る舞っていた人が体が弱って自分で料理ができなくなった)
・「夫が浮気している」と訴える
(昔は何かあったら夫は「母さん、これはどうしたらいい」と相談してきたのに最近は自分にはあまり関わらないようになり、息子夫婦等、他の人とばかり話している)
どうでしょうか。どれも訴えの背景には、本人が昔あった役割を損失しているというものがあります。役割を損失した状況で誰かの世話になるということは、世話を受ける側はどうしても
「お世話が必要な人」<「お世話をする人」
というふうに自分が下の立場になったと考えています。そして、かつては自分のほうが優位にあった立場が逆転していると感じているのです。その関係を変える為に起こしているアクションが
「自分が被害者、相手を加害者にして上下関係を逆転させる」
ということです。それが「被害妄想」の起きるメカニズムです。
人は経験の中から、トラブルが発生した後であれば被害者が加害者に対して圧倒的に優位な立場に立てることを理解しています。それは認知症になっても分かっています。しかし、誤解しないでいただきたいのは、認知症の人はこの事をきちんと理解して謀略的に悪意をもってやっているわけではないということです。ほとんど無意識で、感覚的にやっていることなのです。
このメカニズムが分かれば、どうして被害妄想の対象になるのが身近な人が多いか分かりますよね。それは無意識的にお世話を受けている自分と、お世話をしてくれる人との関係性を対等以上に保ちたいという、自然な自己防衛の表れだからです。
被害妄想を改善するには?
まずは、その人が生活のなかでどのような役割を失っているのかをアセスメントすることが大切です。そしてそれが分かった後、
本人が生活の中で、新たな役割を持てる機会を作る
これが大切です。以前の役割を取り戻せるのであれば良いでしょうが、失うプロセスがあったのだから、全く同じ役割を取り戻すことは多くの場合困難です。なので新しい役割を作ることが必要なのです。
・デイサービス等で、本人が昔得意だったことを教えてもらう(野菜の作り方、裁縫や手編み、料理等)
・ヘルパーがなんでもお世話をするのではなく、本人ができることは一緒に教えてもらいながらやっていくという体勢でケアをする
・自宅でも本人ができる役割がないか検討(お皿を洗う、テーブルを拭く、洗濯物を畳む、ペットの簡単な世話、孫と一緒に遊んでもらう、等)
・日頃から「いつもありがとうございます」「○○さんがいてくれて助かります」等、自分は他人から必要とされていると感じれる関わりを行う
被害妄想へ周囲が対応する時の注意点
①介助者が1人で抱え込まないようにする
被害妄想の対象にされた介助者のストレスは相当なものになります。そして在宅などの場合、周囲の人に誤解されたくないという思いから、困った状況を相談できなくなるケースが多いです。そしてどうにもできなくなった結果、虐待などの最悪なパターンになってしまうこともあります。
この場合、ケアマネには被害妄想が発生していると判断できる情報は集まりやすいです。まずは介助者と信頼関係をしっかり作り「私はあなたの味方だ」というメッセージを送り続けてください。そうやって、現状を正直に話してもらえるように努力する姿勢が必要です。
②一旦本人と介助者が距離を置くことも検討
被害妄想への対応が後手に回り長期化して、本人と介助者の関係性がかなり悪くなっている場合は、そもそも適切なケアをすることが困難です。その場合は精神科などの専門の医療機関や、レスパイトができるショートステイなどのサービスにつなげ、一旦冷静に現状と向き合える時間を作ることも必要です。
まとめ
被害妄想が発生するメカニズムは
役割を失い、介助者と逆転した上下関係を再び逆転させるために無意識に行っている
対応方法として、日々の生活の中で新しい役割を見つけ、自分が必要とされているという感覚を感じてもらう支援が効果的です。被害妄想への対応で困っている場合は是非参考にしてみてください